第51章:国民民主党
2026年6月14日 午前10時50分
日本・東京/永田町前・国民民主党本部
永田町の空は、梅雨特有の重たい雲に覆われていた。
国民民主党本部ビルの大会議室では、複数の大型モニターが無音のまま世界を映し出している。
シアトル、ニューヨーク、ワシントンDC――
そこに映るのは、アメリカという超大国が「ブルーセル」という未曽有の災厄に呑み込まれていく姿だった。
FOXニュースの速報テロップが、赤く点滅する。
――「ニューヨーク州、被害は最小限」
――「トマホークによる殲滅作戦、成功と米政府は発表」
その言葉とは裏腹に、瓦礫、煙、逃げ惑う市民の映像が、無慈悲に流れ続けている。
玉木雄一郎は、腕を組んだままモニターを睨みつけていた。
党首としての冷静さを保とうとしながらも、その眉間には深い皺が刻まれている。
「……“最小限”ね」
低く呟いた声には、皮肉と怒りが混じっていた。
隣に立つ榛葉賀津也参議院議員が、苦々しい表情で頷く。
「最小限という言葉で、何万人の命が消されたかを隠すつもりでしょう。
アメリカは、ついに一線を越えましたよ」
会議室の奥では、足立康史参議院議員が資料を机に叩きつけていた。
「軍事力で全てを解決した“つもり”になっている。
トランプ大統領の勝利宣言……あれは国内向けのパフォーマンスだ。
だが世界は、ちゃんと見ている」
渡部秀衆議院議員は、モニターに映る瓦礫の街を見つめながら、静かに口を開いた。
「問題は、次です。
アメリカがこれを“成功例”として、他国にも同じ対応を求めてきたらどうするのか」
その言葉に、室内の空気が一気に重くなる。
玉木はゆっくりと振り返り、全員を見渡した。
「日本も、例外じゃない」
誰もが分かっていた。
ブルーセルの脅威は、すでに韓国、長野、そして世界各地に広がっている。
“アメリカ式殲滅”を是とするのか、それとも別の道を探るのか。
日本の政治は、いままさに試されていた。
榛葉が腕を組み直し、はっきりとした口調で言った。
「我々は、自衛隊を“便利な爆撃装置”にしてはいけない。
憲法の話ではない。
人間として、どこまでやるのか、という問題です」
足立が即座に返す。
「だが、感情論だけでは国は守れない。
ブルーセルは理屈を通さない存在だ。
現場の恐怖を、政治家は理解しなければならない」
議論は、次第に激しさを増していく。
理想と現実、安全と倫理。
どちらも切り捨てられない。
渡部が、二人の間に割って入るように言った。
「だからこそ、今は“声”を出すべきなんです。
アメリカのやり方に追従するのではなく、日本としての立場を示す。
少なくとも、沈黙は加担と同じだ」
玉木は一瞬、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、韓国ソウルの炎上、長野の森、そして名もなき市民たちの死。
「……声明を出そう」
全員が息を呑む。
「アメリカの軍事行動に対する懸念。
ブルーセル対策における国際的枠組みの必要性。
そして、日本が無差別殲滅に加わらないという意思表示だ」
榛葉が小さく笑った。
「叩かれますよ。
“甘い”“現実を見ていない”って」
玉木は、静かに頷いた。
「それでもいい。
政治は、恐怖に迎合した瞬間に終わる」
モニターでは、ワシントンDCのホワイトハウス前で、星条旗が風に揺れていた。
勝利を叫ぶ声と、抗議の声が、同時に重なっている。
足立が、低く呟く。
「世界は……もう、元には戻らないな」
誰も否定しなかった。
その沈黙の中で、玉木雄一郎は確信していた。
ブルーセルとの戦いは、単なる怪物との戦争ではない。
それは――
人類が、人類であり続けられるかどうかを問われる戦争なのだ。
会議室の外では、永田町の街が、何事もなかったかのように動き続けている。
だが、その足元で、世界は確実に軋み始めていた。

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